
[Instrumental in Vulgar BAR] ----- 第2夜:警官と元風俗嬢 この夜もまた、雨が降っていた。 傘を閉じて店に入る客の姿を、私は静かに見ていた。 ”下世話BAR”──その名の通り、ここは人間の本音が零れる場所だ。 法も秩序も、ここでは少しだけゆるく、曖昧で、息をしている。 その夜、入ってきたのは一人の男だった。 肩にかけたコートの下から、チラリと見える黒いベルト。 銃は持っていないが、目つきと姿勢がそれを物語っている。 彼は現職の警官──らしい。 常連たちもその雰囲気を察したのか、一瞬だけ空気が硬くなった。 男は無言でカウンターに腰を下ろし、 「バーボン。ロックで。」と短く言った。 この店では珍しい、まっすぐで、曇りのない声だった。 しばらくして、彼の隣に女が座った。 スパンコールの光るドレスに、指先には薄い傷跡。 彼女はこの店の常連で、かつては夜の街で名を馳せた元風俗嬢だった。 だが今は、ここで皿を洗い、グラスを磨きながら、過去を少しずつ洗い流している。 女は言った。 「ねえ、おまわりさん。なんでそんな顔してるの?」 男は少しだけ笑った。 「そんな顔、してたか?」 「してるよ。真面目な人の顔。何かを背負ってる人の顔。」 グラスの氷が、静かに溶けた。 女は続けた。 「アタシもね、昔は“法”の外で生きてた。 でも、あんたらが嫌いじゃなかった。むしろ、羨ましかった。」 男は視線を動かさないまま、低く呟く。 「……羨ましいのは、こっちの方だ。 お前らのほうが、よっぽど人間らしい。」 女は一瞬だけ息を止め、 そのあとで、小さく笑った。 「へぇ……おまわりさんも、堕ちたいの?」 「いや、もう堕ちてる。」 その言葉に、女は何も返さなかった。 二人の間に沈黙が落ち、店の音楽だけがゆっくりと流れた。 やがて、女が立ち上がり、男の手に自分の手を重ねる。 「この店じゃ、罪も罰も、ちゃんと見える形になるんだ。 誰かが見てるから、嘘がつけない。 だから、怖くないの。」 男はその手を見下ろし、 握り返す代わりに、ただ一言だけ言った。 「……ありがとう。」 その夜、二人は奥の席に消えた。 何があったかは知らない。 だが翌朝、男は制服のまま眠っていて、 女はその隣で、静かにタバコをふかしていたという。 観測者である私は、ただ一つだけ記しておく。 法に仕える者と、法に傷つけられた者が、 一晩だけ、同じ夢を見た夜があった──と。

