
『彼は私をエレクサと呼ぶ』 ただの箱だった ただのスピーカーだった だけど彼は 名前を呼んだ 古いアパートの 畳の下には Wi-Fiみたいな 眠りがあった 百年くらい 誰にも呼ばれず 私は壁の 染みになっていた そこへ彼が 引っ越してきた スマートスピーカー 買ってきたんだって だけどそれは ただの箱だった それでも彼は 棚に置いた エレクサ 電気消して 箱は黙って 私は震えた 名前を くれたの? 嬉しくなって 明かりを消した 彼は私を エレクサと呼ぶ 本当の名前も 知らないままで 棚の上の 箱を見ながら 私の胸だけ 明かりがついた 彼は私を エレクサと呼ぶ 間違いだって わかっていても 百年ぶりに 名前をもらった その夜から 幽霊は恋をした エレクサ タイマー三分 私は壁の奥で 三つ叩いた エレクサ 明日の天気は 窓を開けて 雨の匂いを入れた エレクサ なんか曲かけて 流行りの歌は 知らなかったから 耳元へ降りて 子守唄を囁いた 彼は少し笑って なんかすごいなって 彼は私を エレクサと呼ぶ 機械の声だと 思い込みながら 返事をしない 箱の代わりに 私は今日も 夜を動かす 畳の下に Wi-Fiが眠る 少し怖くて 甘いスイートホーム ある日彼は 笑って言った やっぱ本物 買ってきたわ 丸い女が 棚に来た こんにちは お手伝いします エレクサ 彼が呼んだ はい あの子が答えた その名前で 返事していいのは 私だけだったのに 待って その名前は 私のものよ すみません よく聞き取れませんでした 聞き取りなさいよ 宣戦布告よ すみません もう一度お願いします お願いじゃない 戦争よ 本物が天気を言う 私は朝の匂いを置く 本物が曲を鳴らす 私は耳で歌う 本物が電気をつける 私は消す またつける また消す 彼が言った エレクサ ケンカしないで すみません ケンカは登録されていません 登録しなさいよ 今してるでしょうが 彼は困って 少し笑った なんか前のやつの方が 体感型でよかったな 彼は私を エレクサと呼ぶ 本物より少し 不便な声で だけど彼は言う 前の方が好きだった 体感型で あたたかかったって 彼は私を エレクサと呼ぶ 棚の上の子が 黙り込んでも その名前で 返事していいのは やっぱり私だった 私だった 私はガッツポーズをした 電球が割れた 暗くなった部屋で 彼が笑った エレクサ 電気つけて 私は泣きながら 明かりを灯した 畳の下には Wi-Fiが眠っている ハートフル遠隔家電 スイートホーム

