
【序】 静かな夕暮れ。 雨は 空へ還る。 見えない海へ。 青い波紋だけが 遥か 天で揺れる。 夕陽は ゆっくり 沈んでゆく。 空の底へ。 濡れた翡翠の月。 誰も 不思議とは 思わない。 【一】 古い村には ひとつだけ 言い伝え。 **鶴より高く 塔を建てるな。** 天の海へ 触れてしまう。 だから 五重塔は いつも 空へ 届かない。 誰も 理由を 聞かない。 【前奏】 ある夏、 私は 笑った。 「空は ただの空。」 波なんて あるはずがない。 【二】 最後の梁。 最後の瓦。 あと ひとつだけ。 私は 塔の先へ 手を伸ばす。 風は 止み、 その代わりに 波の音がした。 頭上から。 【副歌】 指先が 空へ触れる。 青い波紋が 広がる。 一滴ではない。 雨ではない。 海だった。 翡翠の月が 震え、 夕陽が 揺らぐ。 天の海が 目を覚ます。 【三】 最初に 落ちたのは 一匹の魚。 次に また一匹。 老人たちは 空を見上げ、 ただ 頷いた。 「空が 漏れている。」 【間奏】 石を外せ。 急げ。 海が 降りてくる。 世界は 空より 低い。 【終副歌】 一段。 また一段。 塔は 崩される。 青い波紋は 静まり、 魚は 帰ってゆく。 雨は また 空へ還る。 翡翠の月も 静かに 眠る。 【結】 だから今も 塔は 完成しない。 届かない高さが 世界を守る。 空は 遠いから 美しい。

