[一節] 夕立の名残を 袖にしまったまま 井戸水みたいな月明かり 静かに息をする 軒先の風鈴 ひとつ鳴るたびに 誰かを待つ音か 夏を待つ音か 待つと夏 夏と待つ ほどけば 同じ響きになる [歌] 宵は酔いにはならなくて 胸だけ少し揺れている 蛍一つ ほどけて流れ 頬を照らして消えてゆく 風吹けば 数えた夢も 風に数だけ連れ去られ 言えぬ言葉は 水の底 月だけが知っている [二節] 打ち水の跡を 裸足で渡れば 幼い日の足音が 石畳へ戻ってくる 風は見えない だからこそ 髪だけを揺らして笑う 夏草は 懐かしいと書いて まだ青い匂いがする [大歌] 夏は棗(なつめ)にも似ている 夏目にもなれないけれど 夏を見る 見つめる 見失う みな同じ口元で 夜にほどける 明けぬ夜など ないと言う 明けてしまえば この匂いは どこへ帰るのだろう [終] 朝露ひとつ 指で結んで ほどけば空 結べば夏 振り向けば 誰もいない道だけが 今も 蝉より静かに 鳴いていた



