[Verse 1] 朝靄が谷の底に満ちてくる 杉の匂いが 濡れた袖に残る 井戸の水面へ 蟲の影が落ち 眠った家々の障子を青くする 草の裏返り 石のぬめり 土の冷え 黙ったままで 指先だけが辿る 斬るでもなく 追い立てるでもなく 切れかけた縁を 静かな指で継ぎなおす [Chorus 1] 朝靄を踏んで あの人は行く 誰の名も呼ばず 灯だけを連れて 泣き声みたいな 棘だけを抜いて まだ冷たい朝を 縁側へ置いてゆく [melodic interlude] [Verse 2] 雪解けの沢を 光酒がすべる 「どぞう」の壁では 昨日でない影が鳴る 母のまなざしに 見たことのない春が差し 子どもは床下で 遠い波の音を聞く 熱でもない 祟りでもない 近づきすぎたものが そこにいただけ 薬瓶ひとつ 濡れた笹ひとつ 帰れなくなる前に 岸へ舟を押し戻す [Chorus 2] 枯れ草を踏んで あの人は行く 凍らない川の 深さを知るように 抱えきれない夜 背中に受けても 閉じかけた戸を そっと開けてゆく [Bridge] 白く抜けた髪に 山の雨が乾く 泊まった火だけ 先に冷えてゆく 忘れたはずのもの 胸のどこかで軋み 振り向かない影を 時雨だけが追った [Chorus 3] 夜明けを踏んで あの人は行く 囲炉裏のぬくみと 藪のしじまのあいだ 乱れた寝息の つかえを取って 傾いた眠りを 朝の畳へ寝かせてゆく [Outro] 笠の露を払う 小さな音がして またひとつ 呼ばれもしない方へ 朝靄は谷から 白く引いてゆき 道だけが 次の頁をひらいていた