
クロノファージの晩餐
午前零時 煤けた街灯の下 影が伸びて 人の形に歪む やつらは路地裏 息を潜め 「最も甘い秒針」を値踏みしている 最初に奪われたのは 初恋の記憶 次に啜られたのは 夢を追った5年間 気づけばみんな虚ろな目をして 自分が誰かも忘れてふらりふらり チク、タク、冷たい歯車が噛み合う音 誰も逃げられない チク、タク、だって人はみんな 「光」が欲しくて時間を売って生きてる おいで 甘美な時間泥棒(クロノファージ)の狂宴へ 愛しい日々を換金して カチリと鳴れば 今日が死んでゆく 零れた未練の髄まで 次は君の番 一番大切な一瞬を 差し出しなさい 冷たい雨が 路面を濡らす午前二時 彼女は走る 錆びた標識を抜けて あれはいつも見ている どこにでもいる 『大切な記憶の残り香』を追ってくる 生きる言葉も 交わした約束も 全部あいつの メニューにされてしまう 振り返れば街は 抜け殻の骸 思い出を吸い尽くされて ドク、タク、と鼓動と秒針が 気味悪く重なっていく 耳を塞いでも 「そこ」にいる だって私は今もあの日を奪われた 消えて 時間泥棒(クロノファージ)の影法師 私の大事な昨日を その口で汚さないで カチリと迫る 終わりの足音 路地裏の闇に 長い指が伸びてくる お願い、これだけは 私たらしめる一瞬を 奪わないで 行き止まりの壁 迫る無数の文字盤 もう逃げ場はない あいつの喉が 歓喜に震えて鳴る 奪われて堪まるか お前に渡すくらいなら 私は私の意志で この記憶を封じ込める 響け 時間泥棒(クロノファージ)への抗いの歌 喉元へ突き立てるは 記憶を刻む銀の針 引き抜いた思い出は 鈍色に流れる水銀 愛した人の名前さえも ほら、泡になって消えた 午前五時 夜が明ける 怪異は去り 世界に朝が来る 立ち尽くす彼女の胸は もう痛まない 何も持たない 空っぽの身体で ただ、次の秒針を刻む


