
気がつけば わたしは 知らない場所に立っていた 目の前には 緩い弧を描く 影の丘 その向こうには 見たこともないほど 大きな満月が 浮かんでいた 月の下を 白いものたちが歩いている ひとり また ひとり 同じ歩幅 同じ方向へ 白い狐の面 白い衣 背中には 大きな狐の尾 ゆらり ゆらり 夜の風に 揺れていた しゃらん しゃらん 響きわたる鈴の音 誰も話さない 誰も わたしを見ない 列の真ん中には 煌びやかな 金色の籠 その中に 誰かがいる けれど 顔までは 見えなかった 籠のそばには ひとりだけ違う影 白くたなびく 長い髪 まるで 列を導く先導師 けれど 本当のことは わからない その人もまた 立ち止まらず 白狐たちと 同じ方角へ 歩いていた 花嫁を運ぶ列だったのか それとも 誰かを送る列だったのか それとも 名前も持たない 旅の途中なのか ただ 月の向こうへ 何も答えのない その先へ 声をかけようとした だけど 『絶対に声をかけないで』 って 知らない声が わたしの右耳に囁いた 列を乱さない 白い狐たち 籠の中の誰かも 白い髪の人も 誰ひとり 振り返ることはなかった やがて 列は わたしから遠くなっていった 白い衣も 狐の面も 大きな尾も 少しずつ 小さくなり 月明かりの中の 小さな影へ そして その影も 静かに すっと 消えていく あれは 花嫁参りだったのか 葬送だったのか 旅の途中だったのか それとも わたしが知らない 世界の出来事だったのか 答えのないまま 時間だけが 過ぎていく あの夜の 満ち溢れた月だけが わたしの記憶の奥で 今も静かに 眠り続ける

