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ただいまを言える場所

V5.5

買い出しの籠が 夕日に揺れて 石畳には パンの匂い 歌えぬままの シエラの隣 テオドアの足音が 街へ続いた あれからいくつ 朝が過ぎた 工房の窓に 季節が変わる シエラはまだ 大きく歌えず それでもそっと 音を聞いた テオドアの手が 木を削るたび 胸の痛みが 少しほどけた ゼノンを探す 旅ではなく 真を暴く 歌ではなく ただその人の 仕事のそばで ひとつの音なら 返せる気がした この人のためなら 歌えるだろうか まだ声は 震えるけれど 傷ついた胸に 灯りがともる 工房の日々が わたしを繋ぐ この人のためなら 歌ってもいい 失くした旅の その先で シエラは今 居場所を知る 昼は工房で 調律を聞き 夕は窓辺で 弦を鳴らす まだ歌と呼ぶには 小さすぎても テオドアはただ 静かに聞いた 褒め言葉より その静けさが シエラの怖さを ほどいてゆく 歌はまだ 遠いけれど この人の前なら 逃げずに済んだ ある夜ふたりは 同じ灯りで 何も言わずに 眠りについた 色めいた言葉は どこにもなくて ただ隣に 温もりがある 失ったものは 消えないまま それでも朝は ここに来る 半年ぶりに 扉が鳴った テオドアの父が 都から戻る テオドアはただ いつものように 彼女は歌人 しばらくここにいる 歌う側から 調律を見ると ぶっきらぼうに そう告げた 父は黙って マンドリンを見た 星の徽章と 青き雫 聞かずとも 分かることがある けれど何も 問わなかった テオドアの 横顔だけを 静かに見て 息をついた そうか 家族がひとり 増えたような 気分だな その言葉だけで シエラの胸に 温かな光が そっとともる この人のためなら 歌ってもいい この家のためなら ここにいたい 失くした旅の その先で シエラはやっと 帰り場所を知る けれど都では 赤き旗が また動き出したと 父は言う この辺りも 無関係では済まん 心配だな その声に 雨の匂いがした 工房の灯りが 夜にともり シエラはそっと 弦を抱いた 家族がひとり 増えたようだと その言葉だけ 胸に残る それでもその夜 シエラは初めて ここにいていいと 思えた