この世の名残り夜も名残り 死に行く身をたとふれば あだしが原の道の霜 一足づつに消えて行く 夢の夢こそ哀れなれ あれ数ふれば暁の 七つの時が六つ鳴りて 残る一つが今生の 鐘の響きの聞き納め 寂滅為楽と響くなり 鐘ばかりかは草も木も 空も名残りと見上ぐれば 雲心なき水の面 北斗は冴えて影うつる 星の妹背の天の河 梅田の橋を鵲の橋と 契りていつまでも われとそなたは女夫星 必ず添ふとすがり寄り 二人がなかに降る涙 川の水嵩も勝るべし 心も空も影暗く 風しんしんと更くる夜半 星が飛びしか稲妻か 死に行く身に肝も冷えて 「ああ怖は。いまのはなんの光ぞや」 「おおあれこそ人魂よ。 あはれ悲しやいま見しは 二つ連れ飛ぶ人魂よ。 まさしうそなたとわしの魂」 「そんなら二人の魂か。 はやお互は死にし身か。 死んでも二人は一緒ぞ」 と 抱き寄せ肌を寄せ この世の名残りぞ哀れなる 初は涙を押しぬぐひ 「ほんに思へば昨日まで 今年の心中善し悪しを 余所にいひしが今日よりは お前もわしも噂の数。 まことに今年はこなさんも 二十五の厄の年 わしも十九の厄年とて 思ひ合ふたる厄祟り 縁の深さの印かや。 未来は一つ蓮ぞ」 と うちもたれてぞ泣きゐたる 徳兵衛、初が手を取りて 「いつはさもあれこの夜半は せめてしばしば長からで 心も夏の短夜の 明けなばそなたともろともに 浮名の種の草双紙。 笑はば笑へ口さがを なに憎まうぞ悔やまうぞ。 人には知らじわが心。 望みの通りそなたとともに 一緒に死ぬるこのうれしさ。 冥途にござる父母に そなたを逢はせ嫁姑 必ず添ふ」 と抱きしむれば 初はうれしさ限りなく 「ええありがたい忝い。 でもこなさんは羨ましい。 わしが父さん母さんは まめでこの世の人なれば いつ逢ふことの情けなや 初が心中取沙汰を 明日は定めて聞くであろ せめて心が通ふなら 夢になりとも見て下され。 これからこの世の暇乞ひ 懐しの母さまや 名残り惜しやの父さまや」 と 声も惜しまずむせび泣き 「いつまでかくてあるべきぞ。 死におくれては恥の恥。 いまが最期ぞ。観念」 と 脇差するりと抜放つ 馴染み重ねて幾年月 いとし可愛としめて寝し 今この肌にこの刃と 思へば弱る切先に 女は目を閉ぢ悪びれず 「はやう殺して殺して」 と 覚悟の顔の美しさ 哀れをさそふ晨朝の 寺の念仏の切回向 『南無阿弥陀仏』 『南無阿弥陀仏』 『南無阿弥陀仏』 南無阿弥陀仏を迎へにて 哀れこの世の暇乞 長き夢路を曾根崎の 森の雫と散りにけり