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交換されていたのは…

V5.5

[Verse 1] 浦島太郎 は、 亀を助けた男が竜宮城へ招かれ、 夢のような時間を過ごして戻ってきた話だ。 けれど岸に戻り着いたとき、 村はもう知らない形になっていた。 昔の知り合いは消え、 自分だけが置き去りにされた思いだっただろう。 そして玉手箱を開けた瞬間、 失われていた時間が一気に押し寄せ、 彼は老人になってしまう。 あれは老いの罰だったのか それとも、 自分だけが止まっていた時間の 清算だったのか 私は分からない。 ただ、 戻ったのは身体ではなく、 世界とのズレそのものだったのだろう。 村が変わったのか 私が交換されたのか その判別は、 もう、つけようがない。 [Chorus 1] アンリ・ベルクソン は、 時間は時計の針ではなく、 意識の流れとして続く持続だと言った。 なら、あの竜宮城の数日と、 地上の数百年は、 どう繋がっていたんだ。 テセウスの船のように、 部品が一つずつ入れ替わっても 同じ船と呼べるなら、 交換されていたのは 私のほうなのではないか。 時間は続いているのに 世界は先んじて変質していく。 それでも私は 同じ顔をして立っている。 そのことが、 いちばん怖い。 [Verse 2] 竹取物語は、 月から来たかぐや姫が、 地上で人の情愛を知り、 最後には月へ帰っていく話だ。 帰るとき、 ハゴロモを着せられることで、 地上で覚えた感情は消えてしまう。 残された者は泣き、 本人は去るのみだ。 見送る涙の向こうで、 もう、なんの想いも持ち合わせてはいない。 元に戻るということは、 今を継続することはできない。 そう思わされるのが この話の残酷さだ。 持っていたはずの人情は どこへ行ったのか。 あまのハごろもとわなんだったのか、 覚えていなければなんの意味もないのではないか。 私はそれを、 帰還ではなく切断だと思ってしまう。 月へ返されたのは身体だけで、 地上で育った私の一部は、 もう戻ることはないだろう。 [Chorus 2] ジョン・ロック は、 人格の同一性は 記憶の連続性にあると考えた。 思い出せることが私を私につなぐ、 という考えだ。 なら、思い出せるのに もう同じではない私は、 何なのだろう。 テセウスの船 のように、 記憶だけが残っても 中身が少しずつ変わるなら、 それはまだ 同じ人間なのか。 記憶が続いても、 感情が削ぎ落とされれば、 そこに残るのは ブッタイだけかもしれない。 交換されていたのは やはり私のほうなのではないか。 それなら、 私を私たらしめる根拠は どこにもない。 [Bridge] テセウスの船 は、 船だけの話ではない。 私の身体も、 私の思考も、 私の環境も、 少しずつ入れ替わっていく。 机の位置が変わり、 窓の外の景色が変わり、 呼ばれ方まで変わる。 それでも同じ日常だと 思い込んでいる。 その思い込みだけが、 壊れた部品みたいに イオンを鳴らし続ける。 変わり続けるものを 同じだと呼ぶのは、 便利だからなのか。 それとも、 本当はもう説明しきれないから 諦めているだけなのか。 私も世界も、 少しずつ別のものになっている。 なのに私はまだ、 前と同じ私の顔をしている。 その不一致こそが、 いちばん深い絶望だ。 [Outro] 哲学的ゾンビ という考え方がある。 見た目も会話も感情表現も 人間と同じなのに、 内側の主観経験だけが ない存在のことだ。 ならば私は、 中身があるとも言い切れない。 笑うことも、泣くことも、 何かの再現に感じる。 誰かに確かめられないなら、 それは本当に 私の感情だったのか。 外側だけが人間で、 内側は空洞。 そんなものでも 私は私だと 名乗るしかできない。 同じだと思っていたものは もう同じではなく、 それでも終わりは 私の耳に囁いてくる。 不完全なまま、 私はここにいる。