
847円 家の近所の コンビニ いつも深夜にいる バイトの子 色白で 少し釣り目で 背中まである 黒髪が 蛍光灯の下で 静かに揺れている 俺はいつも 目を奪われていた いつものように ビールを買う 冷えた缶を 持つだけで 今夜も ここへ来た理由が 少しだけ 正当化される レジには 誰もいなくて 彼女はちょうど ゴミ箱を 片付けていた 黒い袋を外して 新しい袋を かけている その横顔を 俺は待つ この時間でさえ 愛おしい お待たせしました 彼女が 来る 今来たとこだよ 俺がそう言うと 彼女は 少し笑う あと いつものですね 彼女は たばこを一箱 取ってくれる 合計 八百四十七円 決まった数字 俺の夜にだけ 許された 合言葉 俺は 小脇に抱えた 革財布を 取り出す はずだった 指先に 触れたのは 革じゃなかった 軽くて 冷たくて 中身のない 空の ペットボトルだった からん 胸の奥で 世界が一度 止まった 財布がない 右ポケット ない 左ポケット ない 上着の内側 ない 小脇 ある でも それは財布じゃない 空の ペットボトルだ さっき 捨てるはずだった ものだ じゃあ 俺は 何を ゴミ箱に入れた レジの光が 俺を責める 防犯カメラが 俺を見下ろす 冷蔵ケースの ビールまで 静かに 俺を否定している お前には 買えない お前には 払えない お前には この子の前で いつものたばこを 買う資格すら ない 八百四十七円 たったそれだけの 数字が 今夜の俺を 裁いていた 大丈夫ですか 彼女の声が 優しすぎて 俺は もっと駄目になる 大丈夫じゃない 俺は今 人としての 支払い能力を 失っている 俺は 空のペットボトルを 小脇に抱えて 彼女の横を うろうろしていた 完全に 不審者だ 深夜のコンビニで 支払いもせず 空のペットボトルを 抱きしめ 好きな人の近くを 行ったり来たりしている 男 世界が 俺を否定する理由は 十分すぎるほど 揃っていた ゴミ箱 彼女がさっき 片付けていた あのゴミ箱 黒い袋の口は もう 結ばれかけていた その中に 俺の財布がいる 十五年 俺のポケットにいた 俺の財布が あの中に 眠っている そうだ 勇気を出せ 俺 ゴミ袋を 確認させてくださいと 言え 今ならまだ 間に合う 財布も 尊厳も 俺の十五年も 取り戻せる 彼女の白い指が 黒い袋の口を 結ぼうとしている 言え 言うんだ あの 付き合ってください 彼女は今 俺の横で 子どもを抱えている 俺は 微笑んだ

