
Letheria
オリジナル短編小説『 Letheria 』 地球から最も近い恒星――太陽を除けば、約4.24光年先に位置する赤色矮星、プロキシマ・ケンタウリ。 その第三惑星に、私は到達した。 惑星の表面は、ほぼすべてが水だった。衛星軌道上からの観測でも明らかだったが、実際に降下してみると、その印象はさらに極端になる。大陸は存在しない。わずかに散在する陸地は、島と呼ぶにはあまりにも小さく、海の表面に浮かぶ塵のようだった。 それでも――この星は死んではいない。 スペクトル分析の結果、大気組成は地球に酷似していた。酸素、窒素、微量のアルゴン。呼吸に支障はない。温度も安定している。 生命が存在しない理由が、むしろ説明できないほどに。 私は、その「コメ粒ほどの陸地」に着陸機を降ろした。 足元の地面は硬質で、乾いている。塩分の結晶が微かに光り、靴底にざらついた感触を伝えた。風はほとんどない。音もない。 ただ、水の気配だけが、全方向から静かに押し寄せてくる。 私は自律型ドローンを起動した。 複数機を同時に展開し、半径数十キロの範囲をスキャンさせる。生体反応、構造物、異常なエネルギー分布―いずれかを検知すれば、自動的にアラートが上がるよう設定した。 待機。 時間の感覚が曖昧になる。 この星には、基準となる音がない。 やがて、小さな振動が通信モジュールを通じて伝わってきた。 ――検知。 ドローンの一機が、何らかの構造物らしきものを捕捉したという。 座標が送られてくる。 私はすぐに移動の準備を整えた。 携帯型のゴムボートを展開する。圧縮カートリッジが作動し、一瞬で船体が膨張した。私はそれに乗り込み、自動航行モードを起動する。 ボートは静かに滑り出した。 海面は、信じがたいほど透明だった。 水というよりも、空気に近い。 覗き込めば、どこまでも深く見通せる。にもかかわらず、そこには何もいない。魚も、藻も、微生物の影すら確認できない。 生命の痕跡だけが消し去られたような、不自然な透明。 ボートは座標へと向かい続ける。 時間の経過とともに、私は奇妙な感覚に囚われ始めていた。 この静けさは、ただの無音ではない。何かが、意図的に削ぎ落とされている。 やがて、ドローンの示した地点に到達した。 最初に見えたのは、影だった。 水面の下、幾何学的な輪郭がゆらいでいる。直線と曲線が規則的に組み合わさり、人工物に特有の秩序を感じさせる。 私は息を呑んだ。 そこには、都市があった。 広大な水中に沈む、都市。 端が見えない。底も見えない。 私という存在が、突然ひどく小さくなった。 私は気づかないうちに、息を止めていた。 透明な水の中で、建造物はわずかに歪みながら光を受けている。材質は判別できない。石にも金属にも見えないが、どちらでもない何かだ。表面は滑らかで、しかし完全な無機質ではない。 どこか、生物的な均衡を感じさせる。 そして――静かだった。 あまりにも静かで、そこに文明が存在していたという事実だけが、逆に異様に際立つ。 判断したわけではなかった。 気づいたとき、私はすでにボートの縁に手をかけていた。 水に触れる。 冷たくはない。抵抗もほとんど感じない。 私はそのまま、ゆっくりと沈んでいった。 深度が増すにつれ、都市の細部が明らかになる。 繰り返されるパターン。幾何学的なリズム。だが完全な規則性ではない。わずかな揺らぎがあり、それが奇妙な郷愁を呼び起こす。 見たことがないはずの構造なのに、どこか懐かしい。 そのとき、光が見えた。 都市のあちこちに、エメラルド色の発光体が点在している。 それは脈動していた。規則的とも、不規則ともつかない周期で、ゆっくりと明滅を繰り返している。 その光は、規則ではなく応答だった。私がそこにいることを、知っていた。 私はさらに深く潜る。 壁と床の境界が、ない。 天井と壁の境界も、ない。 すべての面が連続していた。折れ曲がりながら、しかし途切れることなく、ひとつの曲面として空間を形成している。 柱、という概念が、ここには存在しない。荷重がどこへ逃げているのか、私には理解できなかった。 それでも構造は完璧だった。崩れていない。何千年、あるいは何万年が経過したとしても、崩れる気配すらない。 私は、ある通路の前で立ち止まった。 断面が、呼吸しているように見えた。 音は、ない。 ただ、何かが近づいてくる感覚だけがある。 私は静止した。 訓練が先に動いた。感情より先に、身体が状況を評価し始める。 方向、距離、速度――把握しようとする。 できない。 それは、空間そのものから来ていた。特定の方向がない。上でも下でもなく、前でも後ろでもなく、ただ――全方位から、等しく。 私は踵を返そうとした。 そのとき、不意に思考が途切れた。 視界が白く弾ける。 ------------------------------------------------------------- 目を覚ました。 私は宇宙船の冷凍睡眠装置の中にいた。 カプセルの蓋がゆっくりと開く。冷気が、音もなく外へ散る。 モニターには、航行ログが淡々と流れていた。数値。座標。経過時間。 それらはすべて正常を示していた。 到達していない。 あの星には、まだ辿り着いていない。 私はしばらく、その事実を理解できずにいた。 あれは夢だったのか。 だが―― 違う。 胸の奥に、何かが残っている。 言葉にならない感触。形を持たない記憶。 それが、ゆっくりと浮上してくる。 まるで、誰かが内部に何かを書き込んだかのように。 私は、無意識に口を開いていた。 そして、ひとつの名前を発した。 「レーテリア」 その響きは、ひどく自然だった。 まるで、ずっと前から知っていたかのように。 その瞬間―― 私は、自分が何かを思い出したのか、 それとも、何かを忘れさせられたのか、 判別できなくなった。 『 歌詞 』 Current Position. Proxima Centauri b. All systems nominal. Proceeding to landing. 果てしない 光の彼方 満ちていく 透明な 孤独 No voices, just the tide ただ、水だけが 広がっている 幾何学の影が 呼んでいる Letheria... Letheria... Letheria... 呼吸が 共有して なぜ 私を知っている? 知っていたかの 名前 Letheria エメラルドの 脈動 石でもない 金属でもない 懐かしいのは 何故? 潜ってなど いない なのに 沈んでいく 境界が 崩れていく Letheria... Letheria... Letheria... あなたは 私の中に 何が 真実(リアル)か 忘れたのか 忘れさせられた のか Letheria It was not a dream. 書き込まれる 静寂 思い出せない 忘却の川 Why do I know you? Letheria... Letheria... Letheria... あなたは そこにはいない 最初から ここにいた 沈んだのは 都市じゃない 書き換えられた わたし Letheria Arrival in 100 years. Sleep well. 【作成後記】 この短編小説のようなもの(敢えてそう言います)はSUNOでオーボエを使った楽曲を生成したくて考えていた世界観の詳細なプロットを下敷きにして結果的に小説になりました。 元々、生成する為に決めたのは二つ。 ・オーボエを主楽器にした世界観 ・SF設定 上記の二つの条件からオーボエが活きるのは「水」だな、という考えに至り、そこから詳細に世界観を構築していきました。 タイトルの「Letheria」というのは造語です。 ギリシャ神話の忘却の川の名前「Lethe」から引用しました。 そもそも、楽曲の中のその廃墟の水中都市の名前の付け方こそが、キモだと考えて、音楽にした時に聴く「音の響き」を大切にして幾つかの候補から、神秘的な響きや、後の展開を考慮して女性のイメージになる様に考えました。 結果、このギリシャ神話の引用がストーリーをより明確にさせてくれてスルスルと世界観の設定を決めていくことになりました。 その世界観を元に作詞と楽曲生成のプロンプトを作り、何度も生成を繰り返していました。 その過程で、こんなに詳細に書いたから短編小説になるな!と思い、「読みながら聴く」、「読んでから聴く」、「聴いてから読む」、どちらでも。 と、いうスタイルに落ち着きました。

