第1章 灰狼の夜、赤の継承 最後の王都を囲む城壁は、もう何度も夜に噛み砕かれていた。 石は黒く焼け、塔は欠け、門には無数の爪痕が残っている。 それでも城塞が立っているのは、ただ一つのものを守るためだった。 最後の人間の女王。 王統と秩序、そのかろうじて残った灯火。 その夜もまた、遠吠えが来た。 低く、長く、胸の奥をざらつかせる声。 灰と煙を運ぶ風の向こうで、狼軍 Wolf Legion の旗が揺れている。 ashwolf banners。 ash-black cloaks。 burned red war paint。 bone charms。 iron collars。 月光に濡れた眼だけが、闇の中でいくつも浮かんでいた。 「来る」 赤い頭巾を被った少女が、石窓の外を見上げてつぶやいた。 その腕の中にあるのは、古びたトランク。 王家守護の遺物兵装、 Basket, Relic Armament of the Scarlet Oath。 かつて母 The Scarlet Matron が使っていたもの。 王家の封印と戦傷を刻んだ、battle-worn steel の箱。 縁には silver fittings が鈍く光り、 内側には crimson velvet lining が静かに眠っている。 少女は皆から Red Hood と呼ばれていた。 まだ幼さの残るその名は、けれどもう童話の赤ずきんではない。 王都の最後の夜を生きる、若き守護者の名だった。 城内で鐘が鳴った。 ひとつ、ふたつ、みっつ。 正門。 西塔。 そして王宮中庭。 報せは最悪の順番で増えていく。 Fang Vanguard が門を破り、 Ironfang Hounds が瓦礫を踏み潰し、 Cinder Howlers が火と煙と遠吠えを撒き散らす。 その陰で Ash Veil が灰の幕に紛れ、城内へ侵入する。 そして最後に来るのは、いつだって最も嫌な影だ。 Grave Maw。 女王の首だけを狙う、処刑部隊。 「陛下を地下回廊へ!」 廊下を駆ける騎士たちの怒号の中で、Red Hood は王妃の間へ走った。 扉を押し開けると、侍女たちの震える輪の中心で、老いた女王はまっすぐ立っていた。 白い髪に最後の冠を戴き、その背は細い。 けれど折れてはいない。 「おばあさま!」 「泣きそうな顔をするな、赤ずきん」 女王はわずかに笑った。 その眼には疲労も諦めもあったが、それ以上に、長く王であった者だけが持つ静かな威厳があった。 「あなたの母も、最初の夜は同じ顔をしていました」 その言葉に、胸の奥が焼けた。 母はもういない。 北壁の攻防で、王都を守って死んだ。 残したのは Basket と、短い言葉だけだった。 守りなさい。 優しくではなく、最後まで。 次の瞬間、部屋の奥の壁が爆ぜた。 灰が吹き込み、崩れた石の向こうから三つの影が滑り込む。 bone charms を鳴らし、喉の奥で笑う、Grave Maw。 騎士がひとり倒れ、ふたり倒れた。 速い。 人の剣筋では追いつけない。 一体が、女王へ飛ぶ。 Red Hood は考えるより先に飛び込んでいた。 Basket を抱えたまま、女王の前へ身を投げ出す。 鉤爪がトランクの表面を裂き、火花が散った。 衝撃で腕が痺れ、膝が石床を打つ。 重い。 遺物なのに、ただの箱みたいに重い。 「開け……!」 だが Basket は沈黙したままだった。 母なら開けられた。 母なら、こんな場で迷わなかった。 Grave Maw が笑う。 女王の喉元へ刃が伸びる。 そのとき、老いた手が Red Hood の肩に触れた。 「血筋ではなく、誓いで継ぐのです」 女王の声は細い。 だが、その一言は雷より鋭く少女の胸を貫いた。 「守るために牙を持ちなさい。 あの子の娘ならできる」 Red Hood は唇を噛み切った。 血が一滴、留め具へ落ちる。 かちり、と音がした。 それは鍵の音ではなかった。 眠っていた獣が目を開く音だった。 Basket の封印線が赤く灯り、蝶番が自らほどけ、鋼板が花弁のように展開する。 crimson velvet lining の奥から現れたのは、 銀刃を備えた full-length rifle with fixed bayonet。 長い銃身。 祈りを裏切るほど冷たい銃剣。 これは棺ではない。 継承された、対狼戦用の処刑具だ。 Grave Maw が飛ぶ。 Red Hood は立ち上がりざまに引き金を引いた。 轟音。 雷が室内を裂き、先頭の狼の胸が弾け飛ぶ。 返す動きで横薙ぎに銀刃を振るい、二体目の喉を断つ。 三体目が跳ぶ。 Red Hood は銃床で顔面を打ち抜き、そのまま突きで床へ縫い留めた。 血と灰の匂いが、喉の奥まで満ちる。 怖かった。 吐きそうなほど。 それでも腕は止まらない。 これが母の見ていた景色なのだと、Red Hood はその瞬間に知った。 遠く、さらに大きな衝撃が響く。 玉座の間の方角だった。 「陛下、下がって」 「いいえ。王は背を向けません」 女王はそう言って歩き出した。 Red Hood はその前に立ち、長銃剣を握り直す。 そして二人で、崩れかけた廊下を玉座の間へ向かった。 高い天井の下、壁は裂け、夜がそのまま流れ込んでいた。 torn siege flags が風に鳴り、smoke-lit silhouettes が灰の中にゆらめく。 その中央に、ひときわ静かな影が立っていた。 Sly Wolf, The Ashwolf Sovereign。 灰狼の王。 外套は夜より暗く、目だけが月に濡れている。 その背後には、狼軍の主力が沈黙して並び、この終末そのものが彼の王座であるかのようだった。 「まだ冠を掲げるか、人間の女王」 その声は大きくない。 なのに瓦礫も炎も、その声のために道をあけるようだった。 「飢えこそ真実だ。 壁は嘘だ。 王冠は滅びを引き延ばすだけの鎖にすぎない」 女王は崩れた玉座の前に立ち、静かに答えた。 「それでも、明日を一日でも先へ繋ぐのが王です」 灰狼の王は、そこで初めて Red Hood を見た。 赤い頭巾。 母の遺物兵装。 震えているのに退かない眼。 「なるほど」 冷えた刃のような笑みが、口元に浮かぶ。 「おまえが次の刃か。 滅びゆく王冠に鍛えられた、哀れな娘よ」 Red Hood は銃剣の切っ先を上げた。 手は震えていた。 それでも声は、自分でも驚くほど静かだった。 「哀れでもいい」 一歩、前へ出る。 「守る人がいるなら、私は牙になる」 もう一歩。 「母がそうだったように」 Sly Wolf の眼が細くなる。 次の瞬間、狼軍が一斉に動いた。 灰。 火。 爪。 遠吠え。 Red Hood は引き金を引き、銃床で受け、銀刃で裂いた。 骨飾りが砕け、鉄の首輪が鳴り、燃えた布が舞う。 一体を撃ち、二体目の膝を断ち、三体目の喉に刃を突き立てる。 背後には女王がいる。 もう退く場所はない。 それが逆によかった。 迷う余地がないからだ。 Sly Wolf が自ら踏み込んでくる。 終わりそのものが歩いてくるような足取りだった。 振り下ろされた黒刃を、Red Hood は銃身で受けた。 火花が顔を照らす。 骨まで響く衝撃。 膝が砕けそうになる。 「聞こえるか、赤ずきん」 灰狼の王が囁く。 「この城は死にたがっている」 「だったら」 Red Hood は歯を食いしばり、黒刃を押し返した。 「死ぬまで守るだけだ!」 叫びとともに踏み込み、銃剣を滑らせる。 銀の刃が Sly Wolf の頬を浅く裂いた。 初めて、灰狼の王の無表情にわずかな驚きが走る。 その一瞬で十分だった。 城壁の上から、残っていた砲座が火を噴く。 遅れていた騎士団の反撃が始まり、狼軍の陣に爆炎が咲いた。 遠吠えが乱れ、隊列がわずかに揺らぐ。 Sly Wolf は頬の血を指で拭い、その赤を見た。 そして、わずかに口元を吊り上げる。 「いい目だ。なら今夜は覚えておけ」 彼は後退し、灰の向こうへ溶けるように退いた。 狼軍もまた、潮が引くように離れていく。 それは敗走ではない。 次の夜のための、整然とした撤収だった。 静寂が戻るころには、玉座の間には瓦礫と死体と、焼けた月光だけが残っていた。 Red Hood はようやく膝をつく。 長銃剣の切っ先が床を打つ。 腕は痺れ、喉は焼け、手は血まみれだった。 その肩に、女王の手がもう一度置かれる。 「顔を上げなさい」 Red Hood は息を飲んで見上げた。 老いた女王は、崩れた玉座の前で、それでも王として立っていた。 そして静かに、けれどはっきりと言った。 「今宵、おまえは守る者として立ちました」 灰の中で、赤い頭巾が揺れる。 「Red Hood」 女王の声は静かだった。 けれどそれは、焼け残った城の隅々まで届いた。 「その名のまま、進みなさい」 Red Hood はわずかに目を見開く。 女王は続けた。 「おまえの母も、はじめから Scarlet Hood だったわけではありません」 「最初はおまえと同じ、Red Hood でした」 少女は息を止めたまま、女王の言葉を聞く。 「傷を知り、喪失を知り、それでも守ると決めた者だけが、その赤に辿り着く」 「ゆえに今は、Red Hood として歩みなさい」 瓦礫の隙間から差す月光が、銃剣の銀に落ちる。 「そしていつの日か、おまえ自身の意志で辿り着くのです」 「母と同じ、Scarlet Hood に」 少女は目を閉じた。 泣くのはまだ早い。 夜は終わっていない。 狼はまた来る。 世界はまだ滅びかけたままだ。 それでも彼女は、母の遺した銃剣を握り直した。 守る誓いは、やさしいだけでは続かない。 だからこそ赤は、美しい布ではなく、流し続ける覚悟の色だった。 灰に沈む終末の王都で、その夜ひとつの伝説が産声を上げた。 だがそれは、完成した伝説ではない。 最後の女王を守る、若き赤。 灰狼の王に挑む者。 いつか継承の名へ辿り着く、未完成の炎。 城塞の誰もが、その名を震える声で呼び始める。 Red Hood、と。 ✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞✞ [Verse 1] 砕けた塔に 風が鳴る 夜の火種が 空を裂く おばあさまの灯は 消させない 母の背中も 終わらせない 赤いフードを 深く引き わたしは名より 誓いを着る [Pre-Chorus 1] 母の傷あと 刻むバスケット この重さごと 受け継いでゆく 「女王を守れ」と 低く響いて 胸の奥まで 戦火になる [Chorus 1] 赤い誓いを 胸に灯し 滅びの風を 切り裂いてゆく 女王の息を 繋ぐためなら この身ひとつも 惜しくはない わたしはまだ 名なき盾 されど確かに Red Hood [Verse 2] 煙る城壁 火の粉を越えて 牙の先鋒を 斬り払ってく 闇の向こうで 嗤う声が 「少女ひとりで 何を守る」 それでも足は 止まりはしない 継承した銃剣 光を吐く [Pre-Chorus 2] 灰の裂け目が 塔を這い上がり 王座の灯まで 喰らいつこうとする 「女王を守れ」 その残響だけで わたしはもう一度 刃になる [Chorus 2] 赤い炎を 引き金にして 喰らう牙ごと 断ち切ってゆく 女王の明日を 守れるのなら この身ひとつが 修羅でもいい わたしはもう 迷いを捨てた 今夜 戦火の Red Hood [Bridge] 「女王はただの 真っ赤な嘘だ」 灰の王が 嗤って告げる それでもわたしは 銃剣を握る 母の誓いの その先へ [Final Chorus] 赤い誓いを 継いで燃やせ 滅びの夜を 切り裂いてゆけ 女王の明日を 守れるのなら この命さえも 王座へ捧ぐ わたしはもう 名なき盾じゃない 次の緋色へ Scarlet Hood


