
今だけ布団が離してくれない
今だけ布団が離してくれない まだ暗い まだ寒い 朝が来たこと 知っているのに 冬の朝は 世界が凍っていた エアコンは弱く 床は冷たい 起きなきゃいけない わかっているのに 昨日のぬくもりが 背中に残る 最近来た布団が 私を包んだ 昔から知ってた みたいな顔で 「ほら 朝だぞ 昔から朝弱いんだから 寒くたって頑張るんだよ 俺は 頑張ってるお前が好きだぞ」 「なぁ もう少しだけ お前を抱いていたいんだ 外は寒いだろ 仕事と俺と どっちが大事なんだよ」 だめ もう起きなきゃ 今日は早番なの でも エアコンが効くまで あと少しだけ 私の体は そのぬくもりを 離せない 今だけ布団が 離してくれない あと五分だけと また嘘をついた 目覚まし時計が 名前を呼ぶのに 私の右手は スヌーズを探した 物心ついた頃から 彼はそこにいた 試験の日も 初めての仕事の朝も 鳴り続けながら 私を起こしてくれた だけど最近の布団は 私を温めた 「俺はずっと お前の寝顔を見てきたんだ 俺は毎朝 ちゃんと起こしてきたんだ 今さら信じないのか 俺を」 「起こすことしかできない男に この子の何がわかる 布団の中の本当の顔 お前は知らないだろ お値段以上が モットーなもんでね 悪いけどこの子 もらったよ」 やめて 朝からそんな声で 私を奪い合わないで シャワーの時間も お弁当の時間も 削れていくのに あんな男の口 塞いじゃいなよ 聞かなくていいよ 私はそっと 鳴り続ける朝を 指先で止めた 今だけ布団が 離してくれない このぬくもりだけが 私を裏切らない 熱い言葉より 正しい朝より このやわらかさが いちばん悪い ごめんね もうあなたの声 聞こえないんだ 「ほら 五分経ったぞ シャワー浴びる時間なくなるぞ コーヒーはもう タイマーで落ちてあるんだ 頑張れ 俺は 頑張ってるお前が好きだぞ」 「今時 血の気の多い男なんて 流行らないよな お前は 俺の腕の中で 目を閉じてればいい」 本当はわかってる 目覚ましは悪くない ずっと私の朝を 守ってくれていた 布団もきっと 悪くない ただ冬の朝が 冷たすぎただけ だけど ごめん もう少しだけ このぬくもりに 負けていたい 今だけ布団が 離してくれない 最後の五分だと また嘘をついた 目覚まし時計は 三度目の声で 私の名前を 現実へ戻す だめだとわかる 起きなきゃいけない それでも私は まだ出られない エアコンがやっと 部屋を温めた コーヒーは少し ぬるくなっていた 布団は最後に 耳元で笑った 「また今夜 抱いてやるよ」 目覚ましが言った 「ほら 遅刻ギリギリだぞ」 たぶん明日も また離してくれない

