いつもと変わらない火曜日だった。 朝の光は少しだけ柔らかく、街はまだ完全には目を覚ましていない。駅前の小さなカフェのテラス席に、彼女はいつものように座っていた。 白いカップから立ち上るコーヒーの湯気。 その向こうで、プラチナシルバーの髪が風に揺れる。 「……いい香り」 静かにそう言って、彼女は一口飲んだ。 少し苦くて、少し温かい。 そのあとに、膝の上のジャズギターに手を伸ばす。 ポロン。 指先が弦をつまくと、柔らかな音が朝の空気に溶けていく。 まだ人通りの少ない通り。 遠くで信号の電子音が鳴り、パン屋のドアベルが小さく響く。 その隙間を縫うように、彼女のギターの音が流れる。 ポロン、ポロン。 決まった曲じゃない。 思いつくままのメロディ。 それでも、コーヒーを飲みながら弾くと、不思議と音がまとまっていく。 「火曜日のコード進行……かな」 彼女は少しだけ笑った。 週の真ん中でもない、始まりでもない。 なんとなく、街も人も少しだけ力を抜いている日。 そんな日に合う音がある気がした。 ギターを抱えたまま、もう一口コーヒー。 カップの底が軽くなってきている。 ポロン。 今度の音は、さっきより少し明るい。 ふと顔を上げると、ガラス越しにカフェの店主がこちらを見ていた。 そして、親指を立てて小さく笑う。 「今日のもいい音だね」 そんな声が聞こえた気がして、彼女は少し照れたように視線を戻した。 ポロン。 またひとつ音を置く。 誰かに聴かせるためじゃない。 ただ、この時間に似合う音を見つけるため。 コーヒーと、ジャズギター。 どちらも強く主張しないけれど、 ゆっくり心に染み込んでくる。 そんな朝だった。 いつもと変わらない火曜日。 でも彼女にとっては、 この小さなメロディが生まれるだけで、 それだけで十分、いい日だった。