
おかえりの朝
あれからいくつ 季節が過ぎた 工房の窓に 朝が増える 砕けた弦は 箱に眠り テオドアの手は まだ止まらない 古い設計図 埃のパーツ 足りないものは この手で作る 合わずに割れた 夜もあった 濁る音だけ 朝にほどいた 春も夏も 秋も冬も 工房の灯は 消えなかった 父は黙って そばにいた 直せるのかも まだ分からない 戻るのかなど もっと分からない それでも拾った あの日の欠片が まだこの手の中で シエラを呼ぶ 直してみせると 言ったあの夜 その声だけが 手を動かした 星の徽章も 青い雫も 切れた弦さえ 道を覚えてる シエラが帰る その朝のため テオドアはまだ 手を止めない 赤い旗は いつか消えた 街の噂で そう聞いた 白き旗なら 遠くの方で 国を治すと 動いてるらしい シエラがもしも 帰ってきたら 白い旗にも 見せてやらないとな そう呟いて 笑おうとして 笑えぬままに 弦を張った 五年目の夜 最後の弦が 静かな胸で 音を待った テオドアはただ 息を殺して 恐れるように 指を置いた 鳴らすことなど できなかった もしもただの 楽器ならば それでもいいとは 思えなかった 朝が来るまで 眠れぬまま 工房の灯りが 細く揺れる 父は隣で 目を伏せていた かける言葉も もうなかった 明くる朝 工房の中 作業台の上が 空になっていた テオドアの息が 不意に止まる また奪われたのかと 胸が裂ける その時遠く 音がした 知っている 弦の響きだった 扉を開ける 朝日が溢れ 冷たい空気が 木屑を揺らす 井戸のほとりに ひとりがいた 変わらぬ姿で マンドリンを抱き 少女がそっと 歌っていた 朝の光に 髪をほどいて 青い雫が 光を受けて 五年の夜が 静かにほどける 振り向く顔に 涙が光り ふたりの言葉は まだ出てこない テオドアの頬に 熱いものが 静かにひとつ 流れていった テオドアはただ 息を呑み込み やっとひとつだけ 声にした おかえり シエラは少し 笑って答えた ただいま

