得られたものと 失われたもの [Prelude − stomp chord] 森から草原 そぉ チエを得た 木々ではなく 土の壁で安心を 狩りではなく 育てて腹をみたした 私は森で生きる力を 失った [Building − fallen arp; variation] Uhm 経験から理屈 エイチを得た 偶然ではなく 必然で希望を 奪い合いではなく 協力で夢を 私は自由に生きる 権利を 失った So 沢山のツール より便利に より楽に 生きる為に それは時に 私をおびやかしたが そんなマレな事は 無視した [Expand − lower register Harmony] あぁ このドーグ あのツール そのドーグ 私は 私達は もうそれが無いと 明日が 朝日が みえない [Asking breakdrop − ghost sing with Dub delayed backup choir] 私は 私達は なんの為に このドーグを 作ったのだろうか? [Uncertain reality − overlayered pads] 力を得る機会を失った 獲物を狩る事も 畑を耕す事も 身を守る家も 寒さに耐える肉体も 生きる為のチエさえも 失っていた [Unconfirmed Tragedy − close voicing] 私は飢えと凍える寒さの中で ただ震える事しか出来ない 知恵も無く 自由も無く 力も無い [Future without emotions − open voicing] I seen 最後に見たのは 銀のスプーンとカラの皿 私は何を得たのだろうか? 私の最後は ニュースにもならなかった 私は何を得たのだろうか? 私の最後は マレにある出来事として 誰の記憶にも 残らなかった [Epilogue − falling tone cluster] 私は ワタシは わたしは 私を永遠に 失った 📝散文: かつて道具は特定の目的を持って生み出され、限られた機能を持って人を補った。人はそれらの力によって、より良く生きてゆく事を目指した。 コンピュータの民主化、インターネットの時代になり、それらの目的は万能性を目指し、高度な機能を持って人を補い、時には翻弄するようになった。人はそれらの事を理解せずとも、より便利により楽に生きれる事に喜んだ。 補助、助ける、或いは協力。それらの言葉は美しいが、同時に毒もあるもの。道具が万能性を持ち始め、今、道具はAIによって見かけ上の自律性を得ようとしている。かつての道具には明確な役割があったが、万能であるというのはなんの為の道具なのかを霞のようにぼやかす。 人は森から出て知恵により道具を得ると同時に道具が持つ機能・スキルに依存してゆく、その結果、人は道具が持つスキルを自らの身体で得る機会を失う事になる。何かを得ると何かを失う。 この曲は、その事をテーマにしています。 私達は生成AIという道具によってクリエイターになったのではなく、クリエイターの気分を味わえる事を得たのかも知れないが、まだ答えはない。 私達はこれから何を得て、何を失うのでしょうか? 道具を使うと、必ず人は何かを失います。これは当たり前の話であり、人は体験を積み重ね経験にしてスキルを得てます。道具はそのスキルを学ぶ機会を奪います。つまり、道具の力は与えると同時に奪う力なのです。 私達は電卓で計算する様になって暗算が苦手になりました。ワープロ、或いはコンピュータで文書を書くようになって漢字の書き順を忘れ、或いは漢字を忘れていってます。携帯電話を使う様になって電話番号を暗記出来なくなり、検索エンジンによって知識を忘れていってます。 スマホ時代になり、SNSとチャット文化で文脈理解と語彙力を失っていってます。デジタルコミュニケーションによって、感情認知力も低下しています。人は対面で会話している人の顔を見るだけで脈拍変化までも検知出来るのですが、顔を見ては話さなくなったので訓練されなくなりました。 スマホという電話を使っているのに、電話で会話できなくなった若者達。大量のコンテンツを単にスワイプ・フリック操作で消化する様になり、内容を全く見ていない現実。単に反射的にスワイプ・フリックしているだけになりつつあります。 ショート動画という極短時間のわかりやすい情報を好むようになり、複雑な世界観を理解する力がなくなりつつあります。 生成AIはコンテンツ生成を加速させますが、コンテンツの消費時間は加速させませんので、どんどん簡素により短い情報の断片しか理解出来なくなってゆくのかも知れません。 少しでも失うものを減らす為には、道具を使う時には意思を持つ事が重要だと思います。しかし、意思を明確に働かせるには意識が必要です。 意識とは何かはわかっていませんが、一つの視点として時間をかけるという事です。少しわかりにくいかも知れませんが、人に限って言えば肌に急に何かが触れた時は反射的に身体が反応します。これに意識がない無意識であるという事はわかりますよね。一方で何かを見つけて、それが何であるかを認識して、それに対して行動を起こす。ここには意識がある。 つまり意識とは時間をかける事によって明確化されると言えるでしょう。スマホでスワイプ・フリックしているだけでは、無意識での反射でしかなく何の体験にもなっていません。今、コンテンツは体験へと変わるとかプロモーションされる時代ですが、殆どの人は体験すらしていません。単に情報を眺めているだけになりつつあり、これは様々な要因と心理、人の脳の仕組みが合わさった麻薬の様なものに変貌している気もします。 本来、体験とは意識化で意思を持って何かを感じとる事です、その積み重ねが経験となり、反復的な体験が訓練となり経験となります。経験と知識が知恵を生み出し、それは貴方のスキルになってゆきます。 この歌のように、得られたものは自分自身の力では無く虚像であり、失われたものが本当は大事なものだったという悲劇の未来にならないように、私達は今、その道具が本当に必要なのか?を問われているのかも知れませんね。万能な道具が自律性を持ったとき、それを使う事によって私達は何を失うのか真剣に考えないと、私達の次の世代は失った事に気が付けなくなります。 物凄く簡素に述べると、資本主義経済は発展し続ける事を前提とした仕組みです。しかし、近年は十分に豊かであり、社会は熟成しつつあります。この為、発展する事が必ず良い事であると言う価値観を植え付けられます。そして、ここで言う発展とは、発展していると人々が思う事であり、実際に発展するのかは問われない事でもあります。つまりは虚像でも良いのです。 今、道具を生み出しているのはテック企業です。彼等も資本主義経済の仕組みに縛られています。それは新たな道具を開発し、定期的に買い替えを促しつつ、シェア競争を通じて、コモディティ化してゆきます。このコモディティ化により、競争が終わり勝敗が決まります。なのでこの間にユーザーに道具への依存度を上げる戦略を選ぶ傾向が顕著になってきました。依存度を上げて、道具をインフラ化し、継続的な利益を上げる為です。 スマホは既にコモディティ化し、インフラ化しています。確かに便利になってはいますが、生きるのに必要なのかというと不要です。小銭を払う手間を無くし電子マネー決済する。ここには余計なコストもかかります。手間を無くして機械で効率化すると、人件費は下がりますが、機械の維持コストは上がります。 スマホは2年ごとにバッテリーがヘタり、機器を丸ごと買い変えるように誘導もしています。ここでも余計なコストを私達が負担します。要は人が楽になった分、人の収入は減り、減った収入は全て企業へ流れてゆく事になります。資本主義経済において無料のものは存在しませんかは、全て私達が何らかの形でコストを支払ってるのです。 この様に今は無理やり発展を演出してる段階になりつつある気がします。企業の倫理的なブレーキは壊れ始め、本来は付加価値にならない事を価値ある物としてプロモーションしているように感じます。倫理が無ければプロモーションはただの詐欺と同じに成り下がりますが、それをしないとキャッシュフローが破綻しますからね。 結果、何故、倫理を捨ててまで新たな道具を作り続けるのか、それは単に止める事が出来ないからです。詐欺をしててもやらないともう発展を演出できないレベルまで熟成した社会になりつつあると思います。車、家電、コンピュータ、スマホ、全てコモディティ化していまいました。なので次はAIしか無いのです。 この様に私達は金を食べて命を繋ぐことは出来ませんが、金が無いと命を失う社会を作ってしまいました。生物としてみると、全生物の中で最弱の生存能力に落ちぶれました。全て、知恵で作り出した道具と人の性によるものです。 歩くのはそんなに疲れますか? 小銭を数えるのはそんなに嫌ですか? ショート動画が無いと苦しいですか? SNSでいいねを貰えないと悲しいのですか? 全部、生きる事と何の関係もありません。より良い生活と言うとポジティブに感じますが、ズボラな生活であるとも言えます。 道具は人を画一化をします。道具を使えるだけの人の価値を下げます。道具が高度であるほど、道具への依存が高いほど、より画一化され、人の価値は必ず下がります。道具は人から学習の機会を奪います。 そしてAIという道具も画一的です。世界は人を巻き込んで急速に単一化に向かっています。しかも、その価値観は企業がバイアスしています。貴方の価値観はそのバイアスによって歪められるのが今のAIです。この事は企業はわかっていますが、企業からしたら全て利益に結びつきますから、改善する動機がありません。 私達はこれから何を得て、何を失うのでしょうか? てか、文書がなげー🤣