
誰もいないはずの廊下に 足音だけが ひとつ増える 振り返れば 何もないのに 冷たい指が 背中をなぞる 窓に映った 僕の隣 知らない誰かが 立っている 泣いているような その瞳が なぜか僕には 懐かしくて 「ねえ、まだ覚えてる?」 耳元で声がした その声を知っている だけど 名前だけが思い出せない 消えない 消えない 君の影が消えない 暗闇の中 僕を呼んでいる 触れたい 触れない 伸ばした手は空を切る 冷たい夜だけが 僕を抱きしめている 古い写真の 端っこに 見覚えのない君がいる 笑っているのに その頬には 涙の跡が 残っていた 時計の針が 止まるたび 部屋の隅から 息づかい 「帰らないで」と 囁く声 僕はただ 震えていた 怖いはずなのに 逃げられなかった 君が一人でいることを なぜか知っていたから もしもあの日 僕が振り返っていたら 君はまだここに いられたのかな 消えない 消えない 君の影が消えない 閉ざした瞼の裏で 微笑んでる 会いたい 会えない 遠ざかるほど近くなる この世のどこにもない場所で 君だけを探してる 夜が深くなるほど 壁に浮かぶ 小さな手形 ひとつ ふたつ 増えていく まるで僕を 導くように 開けてはいけない扉の向こう かすかな歌声が聞こえる 昔 二人で聴いた歌 最後の続きを 君が歌ってる 「忘れて」と言う君と 「忘れないで」と泣く君 どちらが本当の君なのか 僕にはもう 分からない それでも その声が消えるのが怖かった だから僕は 暗闇の中で名前を呼ぶ 何度も 何度も 何度も―― すると遠くで 鈴の音が鳴った 振り返ると そこには君がいた あの日と同じ顔で あの日と同じ笑顔で だけど足元だけが どこにも繋がっていなかった 「やっと思い出してくれたね」 その瞬間 全部を思い出した 君が消えた夜も 僕が泣いた夜も 最後に交わした約束も そして―― 君を置いて 僕だけが帰ったことも ごめんね ごめんね ずっと言えなかった 君は恨んでなんかいなかった ただ一人で 待っていただけだった 消えない 消えない 君の影が消えない 僕の心に 今も住みついてる 怖くて 悲しくて それでも離れたくなくて 叶わない約束を 今夜も抱きしめる 夜明けが近づく 君の身体が透けていく 最後に一度だけ 僕の頬に触れて 「もう大丈夫」 そう言って笑った その笑顔が あまりにも優しくて 僕は初めて 泣きながら笑った 朝になれば 君はいなくなる それでもいい だって今度は ちゃんと覚えているから 君の名前も 君の声も 最後に見せてくれた笑顔も 全部―― 忘れない。 そして今夜も 誰もいない廊下に 僕の足音と もうひとつだけ 優しい足音が響いている。

