
窓の外の空が 少しだけ明るくなる 今日も朝が来たことに 小さく息をつく あの子が初めて歩いた日の フローリングの傷がまだ残ってる 冷蔵庫に貼った絵は剥がせなくて 黄ばんだまま あの家で待ってる 点滴の音が刻む時間は あの子の時計とは違うスピードで テレビのニュースが関東の天気を告げる ああ 今日もあの電車に揺られてるんだろう 着信履歴はいつも私から 既読がつくだけで十分だった 「元気だから心配しないで」 あの短い文字が どれだけ重かったか いいんだよ お前も大変だから 分かってるよ 来られない理由(わけ) 怖いんだよね この部屋の匂いが 変わっていく私の顔が 逃げていいよ 今はまだ お前には お前の明日がある この白いカーテンの向こう側で 私はずっと お前の親だから 看護師さんが花を替えてくれる 水曜日だけ少し話し相手ができる 天井の染みを数えるのにも飽きて あの子の子供の頃を 何度も巻き戻す 運動会で転んで泣いたこと 受験の朝に作った卵焼き 就職が決まった電話の声 あの時の嬉しさが まだ胸にある 夜の三時に目が覚めると 暗い天井が 少しだけ怖くなる でも朝が来れば また思い出す あの子がいる世界は まだ続いていく いいんだよ お前も大変だから 全部見えてるよ あの青い光の中 疲れた目で画面を見つめてる お前の夜も きっと長いんだろう 怒ってなんかないよ 本当に 寂しくないと言えば嘘になるけど お前が息をして 電車に乗って 生きてること それが私の全部 本当はね もう少しだけ声が聞きたかった くだらない話でよかったのに 今日の天気とか 晩ごはんの話とか でもね 知ってるんだ お前が電話の向こうで 震える指で 番号を見つめてたこと かけられなかった夜が いくつもあったこと お前の弱さは 私に似てるから 三ヶ月って言われた日 母さんには泣かないでって言った でも一人になったベッドの上で 声を殺して 少しだけ泣いた 枕の下に挟んだ写真は 家族で行った最後の旅行 お前が「もう帰ろうよ」ってぐずった あの海の色を まだ覚えてる 残せるものなんて もう何もないけど 通帳の残高も たいした額じゃない でも一つだけ 置いていけるなら お前が自分を許せる言葉を いいんだよ お前も大変だから これが最後に渡す 私の荷物 重くないように 小さく包んだ 「お前は間違ってない」って 泣いていいよ 今ここでは 握ったその手の温もりで十分 お前が来てくれた それだけで 私の人生は 全部報われた 窓の外の空が また少し明るくなる お前が乗る電車が 今日もどこかを走ってる それだけで それだけで いいんだよ

