
『らくがきノート』― 名もなき頁たちへの詩篇 ―★ (Remastered)
『らくがきノート』── そんな呼び名で親しまれた文化が、たしかに存在していた。 アルファベットで『CAMPUS』と書かれた、どこにでもある大学ノート。 その表紙に、マジックで手書きされたタイトル。 サークル名か、内輪(うちわ)だけの暗号のようなフレーズ。 「第〇〇号」──三桁に届くものもあっただろう。 これは、同時多発的に起きていた、小さな現象だった。 サークル棟の、狭くて古びた部室の机の上に、 誰に指示されたわけでもなく、自然と置かれていた“共有ノート”。 中をめくれば── 落書きのようなペン画、妄想マンガ、内輪(うちわ)ネタ、意味深な詩やポエム。 どこにも投稿されない。誰かに見せることも前提じゃない。 それでも、確かにそこには“誰かのいま”が刻まれていた。 でも、そんなノートは、サークル棟の部室だけじゃなかった。 おしゃれな居酒屋のカウンター端に、 コンテナカラオケボックスに、 静かなコインランドリーの待合(まちあ)いに、 ゲームセンターの片隅に置かれたベンチの上に、 ──時にはラブホテルの部屋にも。 ちがう名前をつけられながら、 “自由帳” “おもいでノート” “ひとこと帳” “あしあとブック”… 呼び方はさまざまでも、本質はひとつだった。 「どこの誰とも知らない“キミ”が、確かにそこにいた」 その爪痕だけが、静かに残っていた。 書かれていたのは、 くだらない落書きもあれば、妙(みょう)に刺さる独り言もあった。 明らかに未練の残る失恋詩、 ページいっぱいに描かれた二次元キャラのイラスト、 匿名の人生相談に、無責任な励ましがつづく返答。 ふざけていたり、泣いていたり、空(から)元気だったり。 正体なんて、もうどうでもいい。 その言葉が、そこに“あった”ことが、すべてだった。 いまでは誰もがスマホを持ち、SNSで好きなことを発信できる。 そのぶん、書き捨てのような言葉はあふれているけど、 “誰かと共有されたページ”という実感は、 ずいぶんと減ってしまった気がする。 あの頃のらくがきノートたちは、 知らない誰かの「かけら」と出会える、 とても小さくて、やさしい世界だった。 休み明け、誰もいない部室にふらっと入ったとき、 ページが増えていることに気づくと、 なんだか少しだけ、誰かに会えたような気がした。 まるで日記の続きに、 知らない筆跡の「つづき」が書かれているような── そこには評価も承認もない。 ただ「ここにいたよ」と、名乗らないまま残された声たちが、確かにあった。 「書く」ことが救いだったんじゃない。 「残せた」ことが、救いだったんだと思う。 誰が読むとも知らずに書かれたあのページたち。 でも、そのどれかが、 “今日がしんどかった誰か”の心に、ほんの少し触れていたかもしれない。 だから今も、私は思う。 詩を書くことも、言葉を綴ることも── ぜんぶ、**どこかに置かれた「名もなきノート」**に、似ている。 届かなくてもいい。 でも、ふと立ち止まった誰かが、めくったページの中で、 「おまえもか」って笑ったり、「わかる」って頷いたり、 あるいは、静かに泣いたりしてくれたら、それだけでいい。 そうやって、今も言の葉は続いていく。 ──あの日、どこかのノートに描かれた落書きのように。 もう一度言うよ だから私は、今も書く。 誰のためでもなくていい。 でも、もし── ふと立ち止まった“誰か”が、 ページの隅に書かれた落書き そんな私の言の葉を目にしたとき、 少しだけ笑えたり、 「なんか、わかる」と思えたりするなら、 それだけで、 “記録していた”意味があったんだと思えるから。 それは、もう届かない「キミ」の声を、 今も、忘れたくないだけなんだ。

