
商店街のシャッターが 夜中にいっせい 歯を鳴らす つぶれたはずの魚屋で 鯛が値札をつけ直す 電柱に貼られたお知らせ 「今夜 坂道 逆になります」 酔っぱらいたちは大喜び 転がる瓶を追いかけた おっとっと まだ帰れん おっとっと こりゃたまらん 大根 白菜 空飛ぶ看板 八百屋のおばちゃん空中そろばん 一円 二円 端数は勘弁 月まで配達 送料三千! 財布を開けば 六百円 晩ごはんには 足りるはず ところが小銭が足を生やし 排水溝へ逃げてった 待ちな! それは! 明日のパン代! ああ 腹が鳴る 化け物だって 腹が鳴る やけに立派な満月も 皿に見えたら おしまいさ おっとっと まだ帰れん 今夜の飯に ありつくまで この坂道を 踏ん張って 鍋の匂いへ 突っ走れ 路地裏の古い定食屋 のれんが手招きしてやがる 「お金がなくても食べられる かわりに昔話をひとつ」 すごい話は持ってない 遠くに行ったこともない 店の親父は腕を組み 「焦げた話で充分だ」 初めて作った卵焼き 火加減なんかも知らなくて 真っ黒こげのひと皿を 父が黙って食べていた うまいとも まずいとも 言わずに水を 二杯飲んだ 次の日 台所に 小さなフライパンがあった じゅっと鳴いたら 胸まで熱い 鼻の奥まで煙がしみる 換気扇まわせ 窓も開けろ なんで今さら思い出す! 親父はひとこと「そいつは上等」 鍋振り一発 火柱登場 油が跳ねたら 化け猫退場 山盛り飯で お待ちどう! ああ 腹が鳴る 泣いたあとにも 腹が鳴る 箸を持つ手が止まっても 湯気はこっちへ 昇ってくる おっとっと まだ帰れん このひと皿を 食べきるまで 焦げたところも残さずに 奥歯でじっくり 噛みしめろ 店の時計は 針がない 壁の献立 値段がない 隣の席では作業着の 誰かが静かに汁を飲む どこかで見たよな 太い指 声をかけたら 消えそうで わたしはただ 醤油差しを その人のほうへ 少し寄せた 遠くで始発のベルが鳴る 勘定 完了 のれんが閉店 魚も野菜も持ち場へ帰還 坂道復旧 看板着地 排水溝から小銭が生還! 手のひらにある六百円 油の匂いがする袖口 さっきの店を振り返る 壁には「貸店舗」の三文字 ああ 朝が来る 眠たい街にも 朝が来る 帰ったら何を作ろうか 卵は確か まだふたつ おっとっと もう帰ろう 焦がさぬように 火を弱め 焼けたら写真を撮ってみよう 送るあてなら あるんだし おっとっと もう帰ろう 途中でパンも買っていこう 袋をぶらぶら揺らしたら おなかが もいちど 返事した

